歩み
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歌手・山村貴子 1977年にCBSソニーよりデビュー。 その後、一度歌手の世界から離れる。 |
| 1990年 |
歌手の道を再び志し、「花盗人」(クラウンレコード)リリース。
「デーモン閣下のオールナイトニッポン」(ニッポン放送)で「花盗人」が、大注目を集め、番組内で、山村自身とこの歌を応援してくれるコーナーを作ってくれた。 |
| 1991年 |
作詞・作曲・プロデュース:デーモン小暮閣下の「私じゃだめですか」(クラウンレコード))をリリース。 |
| 1993年 |
「広島音頭」(キングレコード)をリリース。 |
| 1996年 |
「さすらいのギター」(キングレコード)をリリース。 |
| 1998年 |
「ORIZURU」を自社レーベルにリリース、翌年(1999年)、NHK「みんなのうた」になる。コロムビアレコードよりオムニバスCDでもリリース。
この曲は、第2次世界大戦で被爆した広島の少女のことを歌ったもので、モンゴル民謡を編曲したもの。
リリース前、山村は、今まで聞かされたことのなかった母より戦争当時のことを聞かされる。その中で、母の言葉で「アメリカが悪いのではなく、戦争がいけないんだよ」と伝えられ、強い衝撃をうけた。
そして、平和への想いが強くなり、活動の中にもテーマとして、取り入れることにした。 翌年(1999年)、NHK「みんなのうた」でオンエアされ、好評を頂き、再放送もされる。この時期より、命の尊さや平和への思いを活動のテーマとし、唱歌や童謡などの癒し系の音楽へ目覚める。
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| 2003年 |
東京都足立区にてイベント「灯籠流しと音楽会」を発案・開催。
「心の平和」を願って企画された、このイベントは多くの方々に主旨を共感して頂き、協力を得ることになる。 なかでも、作詞家の星野哲郎先生は、このイベントを知って共感して頂き、ご協力を得ることになる。そして、徳久広司先生へもご協力をえることができました。 |
| 2004年 |
「灯籠流し」(作詞:星野哲郎 作曲:徳久広司)を発表。
自らが広島被爆2世である体験をもとに、地元広島と東京を拠点として、全国で歌を通して「平和の大切さ」「生命の尊さ」をテーマに活動を続けている。 |
| 2006年 |
アメリカ・ニューヨークにて「9・11同時多発テロ」法要祭に出演。この法要祭は、テロの翌年から開催されているもので、世界各国から 宗教を越え、様々の方々が黙祷と灯籠流しを行っている。山村貴子は、星野哲郎先生と徳久広司先生より頂いた「灯籠流し」を 歌った。その他に、「上を向いて歩こう」などを披露し、好評を頂いた。 |
| 2007年 |
2007年 広島市南区にある島、「似島」にて開催されたイベントに出演。
このイベントに出演に至るまでの過程として、2004年にこの島から被爆された遺骨が発掘された。その中で、山村貴子の遠い親戚が発掘された事が一つにある。
似島は、日清・日露戦争の頃から軍用施設の検疫所や弾薬庫・捕虜収容所が設置されていた島です。原爆投下後からすぐにそれらの施設は、臨時野戦病棟となり、被爆された方々が一万人近く運ばれてきた。しかし、治療の甲斐なくほとんどの人が、そこで亡くなり、島でその遺体を火葬や土葬された。未だにその遺骨の多くは、眠ったままになっている。 |