2009年 イベント情報

■ 第3回「似島(にのしま)船上追悼イベント」出演
 ■日時:2009年8月5日(水) 18:30-21:00
  ※当日、慰霊碑に対し献花・黙祷をおこないます。
   献花ご希望の方は、お花をご持参下さい。
 ■出演者:宮崎 佳都夫(語り部) / 山村 貴子(被爆二世・歌手)
 ■参加者:一般公募 600名(問合せ:toiawase@ninoshima.com
 ■イベント詳細:「似島」は広島市南区にある島です。昭和20年8月6日に原爆は、市内中心部に落とされました。その被害や悲惨さは、海を挟んだ似島にもありました。
似島は、日清・日露戦争のころより検疫所やドイツ人やロシア人の捕虜収容所として利用されていました。が、原爆投下後8月6日以降は、野戦病棟に島中が変りました。
被爆された方が約1万人運ばれ、治療を終え、市内へと戻れた方は、ほんの僅かでした。
運ばれたほとんどの人は、治療の甲斐なくお亡くなりになりました。亡くなられた遺体は、初めは火葬をされていましたが、それは間に合わなくなり次第にまとめて土葬されるようになりました。
昭和後半には、遺骨発掘作業等を行いましたが、未だ発掘されず眠っているご遺体も数多くあるのです。
そして、今回いまだ眠られている方、帰りを待つご家族の方へのため、戦争の悲惨さを知らない国内の若者たちへ知って頂くために開催します。
 ■似島船上追悼イベントweb:http://ninoshima.com/
イベントを終えて 山村貴子より
似島の灯籠流しにご参加下さいまして本当にありがとうございました。
昨年以上のご参加を頂きまして嬉しく思っています。
灯籠が流れていく様子を誰もが心に焼き付けて頂き、二度とあの 惨劇を繰り返すことがない様に平和を願いましょう。
また来年も皆様と元気でお目にかかりたいです。 ありがとうございました。

山村貴子

似島の悲惨な戦争の様子が本になりました。
涙なしでは読めません。平和ってなんだろうか?
今、私たちが幸せに暮らせているありがたみを本で感じてみませんか?
もうひとつのヒロシマ
秀男と千穂の似島物語

内容紹介

1万人を超える被爆者が運びこまれた「似島(にのしま)」の悲劇を知っていますか?
「知られざるヒロシマ」を徹底取材した渾身のドキュメント!
「姉さん、痛いだろうががんばってくれよ」
ピンセットでガラスを抜いていった。知子の口には木片をかませた。ガラスはどれも知子の肌に食いこみ、小さいかけらでも知子は抜かれるたびに「グッ」とくぐもった悲鳴をあげる。親指大のかけらを抜かれると知子は3つ目で気を失った。
「半分は終わった。まだ抜くかい」
知子は小さくコックリとうなずいた。「すごい姉さんだ」とふたりは思った。また3つ目ぐらいで気を失った。――<本文より>



■ 第7回 「灯籠流しと音楽会」開催
 ■日時:2009年8月1日(土) 18:30-20:30
 ■会場:東京都足立区 荒川河川敷「虹の広場」
 ■最寄り駅:北千住駅(JR常磐線・日比谷線・千代田線・東武線・つくばエキスプレス)
イベントを終えて 山村貴子より
足立区の灯籠流しにお越しくださいました皆様 本当にありがとうございました。
今年は新しく参加してくださいましました方々のすばらしい歌や 元気いっぱいの太鼓・踊りで、イベントも華やかになりました。
そして影で支えて下さっている皆様のお陰で、今年は2000人以上 の参加がございました。
私は何もしないで、皆様にご尽力賜りありがたいかぎりです。
今後もどうぞ益々「足立区の灯籠流し」が発展しますように 頑張って参りますので、宜しくお願い申し上げます。

山村貴子


2008年 イベント情報

灯籠流しイベントを終えて 山村貴子より
足立区・似島の灯籠流し、皆様のより多くの応援を頂きましたこと、ありがとうございましたの言葉を何度申しても足りないくらいです。
そして今年3年目のニューヨークも同じ気持ちでいっぱいです。
沢山の皆様に支えて頂き、灯籠流しが無事終了できました。
改めてお礼申し上げます。ありがとうございました。
今後も初心に帰りまして頑張って参ります。どうぞ応援宜しくお願い申しあげます。

山村貴子


■ 第6回 「灯籠流しと音楽会」開催
 ■日時:2008年8月3日(土) 18:30-20:30
 ■会場:東京都足立区 荒川河川敷「虹の広場」
 ■最寄り駅:北千住駅(JR常磐線・日比谷線・千代田線・東武線・つくばエキスプレス)

■ 第2回「似島(にのしま)船上追悼イベント」出演
 ■日時:2008年8月5日(火) 18:30-21:00
 ■出演者:宮崎 佳都夫(語り部) / 山村 貴子(被爆二世・歌手)
 ■参加者:一般公募 600名(問合せ:toiawase@ninoshima.com
 ■イベント詳細:「似島」は広島市南区にある島です。昭和20年8月6日に原爆は、市内中心部に落とされました。その被害や悲惨さは、海を挟んだ似島にもありました。
似島は、日清・日露戦争のころより検疫所やドイツ人やロシア人の捕虜収容所として利用されていました。が、原爆投下後8月6日以降は、野戦病棟に島中が変りました。
被爆された方が約1万人運ばれ、治療を終え、市内へと戻れた方は、ほんの僅かでした。
運ばれたほとんどの人は、治療の甲斐なくお亡くなりになりました。亡くなられた遺体は、初めは火葬をされていましたが、それは間に合わなくなり次第にまとめて土葬されるようになりました。
昭和後半には、遺骨発掘作業等を行いましたが、未だ発掘されず眠っているご遺体も数多くあるのです。
そして、今回いまだ眠られている方、帰りを待つご家族の方へのため、戦争の悲惨さを知らない国内の若者たちへ知って頂くために開催します。
 ■似島船上追悼イベントweb:http://ninoshima.com/
似島の悲惨な戦争の様子が本になりました。
涙なしでは読めません。平和ってなんだろうか?
今、私たちが幸せに暮らせているありがたみを本で感じてみませんか?
もうひとつのヒロシマ
秀男と千穂の似島物語

内容紹介

1万人を超える被爆者が運びこまれた「似島(にのしま)」の悲劇を知っていますか?
「知られざるヒロシマ」を徹底取材した渾身のドキュメント!
「姉さん、痛いだろうががんばってくれよ」
ピンセットでガラスを抜いていった。知子の口には木片をかませた。ガラスはどれも知子の肌に食いこみ、小さいかけらでも知子は抜かれるたびに「グッ」とくぐもった悲鳴をあげる。親指大のかけらを抜かれると知子は3つ目で気を失った。
「半分は終わった。まだ抜くかい」
知子は小さくコックリとうなずいた。「すごい姉さんだ」とふたりは思った。また3つ目ぐらいで気を失った。――<本文より>


■ 9・11同時多発テロ法要祭」開催
 ■日時:2008年9月11日(木)
 ■会場:ニューヨークのハドソン川


2007年 イベント情報

■2007年9月11日   「9・11同時多発テロ法要祭」出演
詳細:ニューヨークのハドソン川で開催されている法要祭。NY本願寺が、主催で開催されているもので、世界各国から宗教を越えて、様々の方が参加している。山村貴子は、昨年に続き、開会式の中でトーク&ライブを披露した。法要祭の最後は、灯籠流しを行った。 *法要祭の前夜祭(9月9日)にも出演。→報告はこちら

■「第138回 カラオケコンクール渋谷区大会」イベント出演
日時:2007年7月26日(木) 12:00-15:40
出演予定時間:14:20
会場:渋谷区代々木八幡区民会館

■走れ!歌謡曲(文化放送) 出演
日時:2007年8月4日(土) 3:00-5:00 

■ 第5回 「灯籠流しと音楽会」開催
 ■日時:2007年8月4日(土) 18:30-20:30
 ■会場:東京都足立区 荒川河川敷「虹の広場」
 ■最寄り駅:北千住駅(JR常磐線・日比谷線・千代田線・東武線・つくばエキスプレス)
 ■山村貴子より:今年で第5回目の「灯籠流しと音楽会」でしたが、今年は「さこみちよさん」をお招きして、さこさんのトークと歌でお越しの皆様の楽しんでいらっしゃるお顔を見て、私自身も嬉しくなりました。
雲龍太鼓の皆様の力強い太鼓の音もすばらしかったですし、また「オリーブ青年合唱団」の皆様の透き通る声に、心を打たれオリーブさんのご好意で、私の「ORIZURU」も歌って頂きまして感激でいっぱいでした。
最後に、今回本当にお世話になりました「たんぽぽ」さん。
応援のおかげで会がスムーズに進めることができましたことを、この場で改めて御礼申し上げます、ありがとうございました。
来年も元気でお会い致しましょう!

■ 「似島船上追悼コンサート」出演
 ■日時:2007年8月5日(日) 18:30-21:00
 ■出演者:宮崎 佳都夫(語り部) / 山村 貴子(被爆二世・歌手)
 ■内容:広島港(宇品港)よりフェリーに船上し、似島を周遊する。
  最後に似島にある「似島学園」の生徒たちと灯籠流しを行う。
 ■山村貴子より:
似島は広島から約4キロにもかかわらず、今まで知られることがなかった歴史を今後も、似島船上追悼コンサートを通じて皆様に認識して頂きたいです。
似島学園の皆様の制作して下さった灯籠を参加された方たちと一緒に「哀悼の意」を込めて流しました。
語り部の宮崎佳都夫さんも、貴重なお話しをありがとうございました。
他にも沢山の皆様にお礼申し上げます。
ありがとうございました。
 ■イベント詳細:「似島」は広島市南区にある島です。昭和20年8月6日に原爆は、市内中心部に落とされました。その被害や悲惨さは、海を挟んだ似島にもありました。
似島は、日清・日露戦争のころより検疫所やドイツ人やロシア人の捕虜収容所として利用されていました。が、原爆投下後8月6日以降は、野戦病棟に島中が変りました。
被爆された方が約1万人運ばれ、治療を終え、市内へと戻れた方は、ほんの僅かでした。
運ばれたほとんどの人は、治療の甲斐なくお亡くなりになりました。亡くなられた遺体は、初めは火葬をされていましたが、それは間に合わなくなり次第にまとめて土葬されるようになりました。
昭和後半には、遺骨発掘作業等を行いましたが、未だ発掘されず眠っているご遺体も数多くあるのです。
そして、今回いまだ眠られている方、帰りを待つご家族の方へのため、戦争の悲惨さを知らない国内の若者たちへ知って頂くために開催します。

■走れ!歌謡曲(文化放送) 出演
日時:2006年10月10日(火) 


9月11日「同時多発テロ法要・灯籠流し」を終えて

9月11日の朝、ニューヨークの街は、いつもの月曜の朝と変らないように街が動き出しているように思えた。
だが、空にはヘリ、街には警察がところどころに配備されていた。
やはり、それはあの日の9・11を決して忘れていない証だ。
グランドゼロでの式典では、あの日亡くなった人達の名前が読上げられ、遺族は、それぞれに抱き合い、涙を流してる。
私が、ニューヨークに来たのは、この涙を決して、他の人達に流させてはいけないと思ったからだ。
夜、灯籠流しに来られた人達は、同じ気持ち抱いていた人達です。
平和という言葉をあきらめては、決していけないと心に刻んだ夜でした。

 2006/09/11 山村貴子:記

式典にて灯籠流しを献歌の様子
式典の最後にアンコールにより、
「上を向いて歩こう」を合唱
催事にご来場いただいた方々からの
メッセージ(一部抜粋)

@ジェニー 西田(2世、38歳女性)
9.11にベリーマッチな曲「灯籠流し」。私の心に強く響き渡りました。

Aジョージ スタンレー(56歳)
日本の文化的なメロディー、ステキです。日本に行った事はないのですが、日本の文化をもっと知りたいです。

Bクリスティーナ
私のイメージしていた日本の歌にジャスト…もう一度「灯籠流し」聞きたいです。  ワンダフル、タカコ。最高ヨ。また、来年も来てネ。


2006年3月14日 山村貴子コンベンション報告

 先日、東京都渋谷区にある「ライブハウス多作」にて、「山村貴子『星野哲郎』作品『唱歌』を歌う会」を行いました。この度の会は、山村貴子が、現在活動する中で、テーマ曲ともなっている「灯籠流し」を星野哲郎先生と徳久広司先生より頂けたことより会を行うことになりました。

当日は、両大御所先生をご来賓に迎え、メディア関係者を初め、多数の方々にご来賓を頂き、誠にありがとうございました。また、日頃より山村貴子へ暖かいご声援・ご協力を頂き、改めて感謝の礼を申しあげます。

当日の模様を写真にてご報告させて頂きます。

星野哲郎先生と徳久広司先生よりお言葉を頂きました
当日のギタリストMITSUさんとのリハーサル風景
===コンサート風景===
誠にありがとうございました。

2005年8月6日(土)第3回 灯籠流しと音楽会無事終了しました。

『灯籠流し』の作詞家 星野哲郎先生と作曲家 徳久広司先生にも足を運んで頂き、

盛大なうちにイベントを終了することが出来ました。

今後とも、頑張ってまいりますので、どうぞよろしくお願い致します。

8月6日 第3回灯籠流しと音楽会